ポスドク@UCSBでの実験について

Broida Hall (物理学棟) Broida Hall は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のキャンパスの東側にある物理学科の建物で、ここに各研究室の居室や実験室などがだいたい入っている。 実験室の近く。実験室の扉を開けるとすぐ外に出る。液体窒素などの汲み場はすぐ近くにあり、便利である。 研究グループの居室。窓が無いのが残念。 サンプル作製と測定 サンプルの作製 実験では、まずスコッチテープ法という手法(2010 年ノーベル物理学賞)でグラファイトや六方晶窒化ホウ素などを劈開して(スコッチテープで手で剥がしていく)それらの原子層(ナノメートルスケールの厚さのもの)を準備する。これらを積層する(重ねる)ことでサンプルを作製する。私の研究では各層(主にグラフェン)の結晶方位に対する相対角度を制御して積層していき、モアレ構造を作成する。(例えばこちらの記事を参照。)実際のサンプル作製に関しては下記の Youtube 動画が分かりやすい スコッチテープ法に関して 原子層の転写に関して 実際の原子層の光学顕微鏡の写真。右から六方晶窒化ホウ素、グラフェン、六方晶窒化ホウ素。これらを積層するとその下の写真になる。 デバイス加工 積層したサンプルをデバイスに加工する。これらのプロセスはキャンパス内の共同利用施設であるクリーンルーム(UCSB Nanofabrication Facility)で行う。企業なども利用でき(ただしかなり高額)、例えば Google の量子コンピュータ部門(サンタバーバラ近くの Goleta にある)もハードウェアの部品の作成などに利用している。クリーンルーム内の装置(主に走査型電子顕微鏡、Etching 装置、蒸着装置)を利用して、加工していく。 クリーンルーム内 Wet bench:試薬の使用など。 走査型電子顕微鏡: デバイスのデザインのパターニングに使用。装置の詳細はこちら 電子ビーム蒸着装置:電極の作成に使用。装置の詳細はこちら 完成したデバイスの例がこちら。 デバイスのサイズは 10-20 マイクロメートル程度である。このデバイスは実際に論文中のデータ取得に使ったものでこの論文 (arXiv 版)中の Device #1 と同一のものである。 実際にどのように電極がデバイスに電気的に接しているかはこちらの論文を参照。 測定 デバイスが実際に測定可能か、つまり最低限電気的にコンタクトがとれているか、ゲートがリークしていないかをプローブステーションでチェックする。針のようなもの(プローブ)を電極パッドに接触させて、任意の電極間の抵抗値などを測定する。 冷凍機に入れるためにまずこのような冷却用プローブの先端にデバイスを設置する。 希釈冷凍機(写真左側の大きい白い円筒状のもの)で最低温度 10mK(つまりセルシウス度で-273.14℃、絶対零度よりも 0.01℃ だけ高い)まで冷却し、デバイスの特性、例えば電気抵抗値や量子キャパシタンスなどを測定する。希釈冷凍機の仕組みはこちら。冷凍機や測定装置の制御には LabRAD を用いていた。 そこまでの低温が必要ない場合は液体ヘリウム(+減圧)を用いて、1.5K まで冷却して測定を行う。希釈冷凍機が最低温度 10mK まで 10 時間程度かかるのに対して、こちらは 2-3 時間で最低温(1.5K)までいくことができる。写真の冷凍機は今のラボができる前にこの実験室を使用していたラボが数十年前に購入し使用していた(古代の)冷凍機でメンテナンスが大変である。 研究テーマと論文 UCSB では、twisted2 層グラフェンという 2 枚のグラフェンをある特定の角度(1....

July 27, 2021

アメリカ生活ミニマムセットアップ(ポスドク@サンタバーバラ版)

初めてアメリカに来たのは、修士 1 年の頃、アメリカ物理学会@デンバー(APS March Meeting)に参加したときのことだった。それから 4 年半後にアメリカ(カリフォルニア・サンタバーバラ)で生活することになるとは夢にも思ってなかった。 photo by OC Gonzalez on Unsplash サンタバーバラは海がとてもきれいなリゾート地である一方、リゾート地であるが故に田舎なので例えばニューヨークやボストン、ロサンゼルスなどと比べたらほとんど日本人がいない。もちろん知り合いなどもいなかった。そのためネット上で日本語で検索できる情報にはかなり限りがあり、事前準備や生活のセットアップで未知数なところがいろいろあった。そこで、もしサンタバーバラを含め、アメリカの都市部/田舎でポスドクなどを始める場合に参考になればと思い、そして自分が万が一またアメリカに行くことになった場合の備忘録として自分の場合の(でもある程度汎用的な)海外生活ミニマムセットアップを書き残してみる。 渡米前 ビザの取得(渡米 2-3 ヶ月前 ビザが無ければ入国できないので最重要事項である。ポスドクで行く場合はJ1 ビザが必要。取得は他の H1B などの労働ビザに比べたら圧倒的に簡単。普通は落ちないらしい。詳細情報/必要書類は公式 webを参照。DS2019(滞在/労働許可証のようなものでビザと同程度に重要)などの必要書類を大学から手に入れたら(大学の事務は遅いことがあるので、必要であればリマンドを絶えず送ったほうが良い)、面接の予約が埋まってたりするので例えば出国 2-3 ヶ月前に準備を始めるほうが良い。 ※以下の渡米前の準備は必ずしも必須ではないし、個人の価値観に左右される部分だと思う。私は渡米直後の面倒を最小限にするために行った。 銀行口座の開設(渡米 1-2 ヶ月前) 銀行口座は渡米後にももちろん開設できるし、その場合は Chase 銀行が人気である。私は渡米後の面倒を 1 つ減らすために渡米前に日本にいながら現地のユニオン・バンクの口座を開設できる三菱 UFJ 銀行のパシフィックリム・カンパニーベネフィット・プログラムを利用した。日本に本帰国後も口座を閉じる必要はなく利用可能である。 家探し(渡米 1 ヶ月前) 家探しは渡米後でもできるし、実際の部屋を見てから決めたいという人も多くいると思う。私は決め打ちでどんとこい派なので日本から契約できるなら契約したかった。ネットで調べるといろいろな方法があるが、例えば大学関係者の場合は"大学名 Housing"で検索すると専用の web がある場合があり、そこから探すこともできる。私は UCSB の housing 専用サイトから探して、渡米前に決め打ちで契約した。すでに現地の口座とそれに付随するクレジットデビットを持っていたので契約は楽だった。サンタバーバラの治安の良さは日本と同等以上なので(サンタバーバラはアメリカではない、と言われるくらいに治安が良い)、家の場所を考える際に治安はそこまで考慮しなかったけど、そうでなければ治安が比較的に良い場所の部屋を借りるのが良いと思う。部屋タイプとして単身または夫婦で住む場合は、Studio(日本で言うところの 1K)かone bedroom(日本で言うところの 1LDK)がちょうど良いと思う。2021 年のサンタバーバラの平均家賃は Studio で 1000-1500USD/月、one bedroom で 1500-2000USD/月くらいである。(毎年値上がりしている。) 荷物を船便で発送(渡米 3 週間前) 家が決まったので、必要な荷物を現地の住所にクロネコヤマトの海外引越単身プランで送った。ダンボール 9 箱分のミニマムコースで料金はおよそ 10 万円。服や下着、靴(現地だとサイズが合わないかもしれないので)、デスクトップ PC、モニター x2, 炊飯器(大半のものは渡米後に揃うけど、ご飯が食べたい人は炊飯器は日本で買って送ったほうが良い気がする)、シャンプー、リンス、ボディーソープなどを送った。場合にもよるが、平時であれば 1 ヶ月程度で届く。本などは渡米前に可能な限り PDF 化した。...

July 16, 2021

ラボの選び方

一般論 人生は生きてるだけで丸儲けである。生き続けるためには心身を健康に保つことが大切である。したがって、ラボ選びで重要なのは、国内国外限らず心身を健康に保てることができるラボを選ぶことである。特に心理的安全性が保障されているラボを選ぶことが重要であると思う。そんなこと当たり前じゃないかと思う人も多いかもしれないが、当たり前と思っていても実行できないのが人間である。ラボ選びは人生を左右するといっても過言ではないと思う。(さてこんなことを冒頭から偉そうに書いている自分は心身の健康を気にしてラボを選んだのかと言われると後述の通り全くそんなことはないので、私も人間であるし、全くもって説得力がない。)アカハラやパワハラが存在すると予めわかっているならばそういうラボは避けたほうが良いのは言うまでもない。あからさまなアカハラやパワハラが存在しなくともボスやスタッフとの相性が悪く、精神的に来る場合もあるので難しいところである。ある人にとってベストな上司が別の人にとってベストな上司とは限らない。 photo by Trnava University on Unsplash 次に実験系のラボの場合(ここでいう実験系というのは研究がパソコンだけで完結せず、試薬や生物、大規模な実験装置、ロボットなどを用いる分野を指す)は、なるべく研究設備が整っていて、可能な限り研究費が潤沢なラボを選ぶほうが良い。研究設備とお金が潤沢にあればやりたいことはだいたいなんでもできる。時々研究テーマ"だけで"ラボを選ぶ人を見かけるが、研究テーマだけでラボを選んでも、そもそもそのテーマをやらせてもらえないかもしれないし、研究設備とお金がなければ研究の土俵に立てないかもしれないし、研究の興味が時間とともに変わるかもしれない、のであまりおすすめはしない。(理論系のラボの場合は研究テーマ重視で選んでも問題ないと思う。)研究テーマに関しては"興味がある"あるいは少なくとも"興味がなくはない"くらいでスクリーニングして、あとはなるべく研究設備が整っていてと研究費がたくさんあるラボに行くほうが多くの経験を積めると思う。 さて以下の 2 つはオプショナルである。上で書いたことに比べたら些細な違いなのであまり気にしなくていいと個人的に思う。 大規模な研究室(例えば 20 人以上、この辺の感覚は分野によって違うと思う)か小規模な研究室(5 人くらい?):どちらも一長一短で英語で検索するとこの手の議論がたくさん出てくるので興味があれば読むと良いといいと思う。 いわゆる大御所のラボか立ち上げ直後のラボ:これもラボの立ち上げに関わりたいかそうでないかによる。ちなみに大御所のラボにいっても必ずしも成果が出るとは限らない。成果を出したいなら(そのラボからの)成果が直近でたくさん出ているラボに行ったほうが良いと思う。 海外ラボの場合 上記に加え、海外ラボの場合はなるべく非英語圏の特定の人種に偏っていないラボに行くことが重要だと思う。例えば中国人が 90%以上を占めるラボで使われる言語は間違いなく中国語だし、このようなラボに中国人以外の方が入って、数ヶ月や 1 年で去る話はいくつか聞いても、大活躍して論文を出しまくっている例は見たことも聞いたこともない。(もちろん中国語が堪能なら話は違う。)日本人に限らずこの点を見落とす人は意外にも多い。私はネイティブっぽいメンバーが半分以上いるところだけをラボ選びの際に探した。 自分の場合 学部&大学院 私の出身の東大物理工学科では研究室選びは 4 年次の最初のじゃんけん大会(2012 年の話、現在はくじ引きらしい)で決まる。希望の研究室を黒板に書いて定員よりも多かったらじゃんけんをして決める。負けたら"相対的に"人気のない研究室に行くことになる。この毎年恒例のじゃんけん大会は、学科のイベントとして1年で最も盛り上がる日の 1 つだったのではないかと思う。私は当時研究テーマだけでラボを選び、運良くじゃんけんを制し、そのラボで学部 4 年から博士 3 年までの 6 年を過ごした。 海外ポスドク photo by Gustavo Zambelli on Unsplash アメリカに行くならカリフォルニア、研究するならカリフォルニア、住むならカリフォルニアという感じで圧倒的にカリフォルニアバイアスがかかった状態でラボ選びを行った。天気が良ければ全てハッピーくらいの能天気ぶりである。学部&大学院時代のボスが当時 60 歳くらいの教授だったので、逆に独立から数年以内のラボに行ってみたかった。カリフォルニアという条件を除いても、自分の興味、独立から数年以内という条件、上記の通り人種の偏りが少ないという条件、現在成果を出している/これから成果を出しそうという"雰囲気を感じる"ラボはニューヨークに 1 つ、カリフォルニア・サンタバーバラに 1 つ(現在所属のラボ)しかなかった。ちなみに現在所属している UCSB のラボ(雰囲気を感じた方)は、当時ボスが独立から 2 年目のラボだったということもあり、私がメールで応募したとき(2017 年 8-9 月くらい)にはラボの出版論文は 1 つもなかったし、大学院時代のボスは現ボスのことを全く知らなかった。(大学院時代のボスからはコネのあるラボをいくつか紹介されたが、若手のラボではなかったか、もしくは上記の人種のバランスの条件を満たさなかったので、最優先の候補にはしなかった。)メールで応募し、スカイプインタビューなどをした数カ月後、運良く現地の研究機関からElings Prize Fellowshipというポスドクフェローシップを頂けることが決定し、現在所属のラボに行けることになった。当時は論文がまだ 1 本も出ていない立ち上げから間もないラボに行くことに一抹の不安を感じたが、“ええい、ままよ"式の意思決定は自分の人生経験上意外にも成功することが多いので、とりあえず出たとこ勝負という気持ちで行くことにして、念願のカリフォルニアでのポスドク生活が始まった。

July 7, 2021